沿革・歴史
1896(明治29年)
- 創業者本田静誕生
弊社の創立者、本田静が生まれたのは1896年(明治29年)。第1回近代オリンピック(アテネオリンピック)が開幕した年であった。
成人後は女1人、男6人の子宝に恵まれ、東京・千駄ヶ谷で「洗濯屋」を営むが、店は戦災で焼失、一時休業を余儀なくされ、その後暫くは飲食業で生計をたてた。
・第1回近代オリンピック(アテネオリンピック)開幕 |
1952(昭和27年)
- 現町屋工場において、一般クリーニング業の下請「日本ドライクリーニング株式会社」を創業
1952年(昭和27年)、サンフランシスコ講和条約が発効され、それまで米軍の統制下にあった「ドライクリーニング」に必要な石油系溶剤が一般市場にも流れるようになった。静は一般クリーニング店の「ドライもの」の下請け工場としてクリーニング業を再開する。再開にあたっては、知人の村山武氏(株式会社日本ドライの元専務、村山俊男氏の伯父)との共同出資による会社組織とし、社名を「日本ドライクリーニング株式会社」とした。
・サンフランシスコ講和条約発効 |
1954(昭和29年)
- 本田静社長死去、村山武氏が社長就任
・マリリン・モンロー来日 |
1963(昭和38年)
- 小型ドライクリーニング機の販売に伴う業績の悪化
1963年(昭和38年)頃まで、町のクリーニング店の「ドライもの」を引き受けて、日本ドライクリーニングの業績は順調に伸びた。ところが、小型ドライクリーニング機が開発され、これまでの得意先を一気に失うことになる。それぞれのクリーニング店で自家ドライを始めることが可能になったためだ。
その後急速に業績は悪化、翌年の1964年(昭和39年)には経営危機に直面、自信を失い、工場の閉鎖も考えるようになっていた。
・ワシントン大行進 ・ジョン・F・ケネディ米大統領暗殺事件 |
1964(昭和39年)
- 株式会社日本マミー誕生
- 一般のクリーニング業務開始
経営危機に直面した1964年(昭和39年)、英行をはじめとした若手社員は、知恵を絞り得意先を180度転換、集客力のある取次量販店を専門に開発していくべきだと思い立つ。
そこで東京を中心に「ドライ」1本で洗濯屋の下請けをしていた同業者の工場10社が集まり、市場開拓を専門とする「株式会社日本マミー」を誕生させる。そしてVC(ボランタリーチェーン)の組織化で各社一般クリーニング業務を開始、その結果売り上げは回復し、日本ドライクリーニングを救うこととなった。
・東京オリンピック開催 |
1967(昭和42年)
- 本田英行が社長に就任
- リースキン事業立ち上げ
1967年(昭和42年)、英行が36歳で社長に就任、「ダス・コン」業界に目を向ける。そして、全国組織で展開している「リースキン」の東京と茨城の両地区本部の権利を獲得、リースキン事業を立ち上げる。
・ツイッギー来日 ・吉田茂元首相国葬 |
1968(昭和43年)
- リースキン東京地方本部を開設(現・白鳥工場)
・3億円事件発生 ・ロバート・ケネディ暗殺事件 |
1970(昭和45年)
- リースキン茨城地方本部を開設
・大阪万博開催 ・第二次ベビーブーム |
1985(昭和60年)
- 「日本ドライクリーニング株式会社」から「株式会社日本ドライ」に社名変更
・NTT「ショルダーフォン」発売 ・日航ジャンボ機墜落事故 |
1991(平成3年)
- 白鳥工場建設
東京・葛飾区の白鳥に当時最新型のFA(ファクトリー・オートメーション)を装備した3階建ての白鳥工場を建設。リースキン商品のマットやモップの洗いの処理能力を大幅に向上させた。
・湾岸戦争ぼっ発、ソ連崩壊 ・雲仙普賢岳噴火 |
1992(平成4年)
- 清掃・環境事業を開始
リースキン事業の一環として清掃事業を開始。ビルや施設のスポット清掃を始める。
・きんさん・ぎんさんブーム |
1999(平成11年)
- 「株式会社東京リースキン」と合併し、リースキン事業部 東京営業所・千葉営業所を開設
・NTTドコモ「iモード」開始 |
2002(平成14年)
- シルバー事業部 介護用品のスマイル水戸営業所を開設
2000年(平成12年)の介護保険法施行と今後の超高齢社会を見据えシルバー事業(介護用品事業)を立ち上げ、水戸営業所を開設。
・多摩川にアゴヒゲアザラシ「タマちゃん」出現 ・北朝鮮拉致被害者が帰国 |
2003(平成15年)
- リースキン事業部 茨城支店を開設
「茨城リースキン株式会社」と合併し、リースキン事業部 茨城支店を開設。
・イラク戦争開戦 ・SARS大流行 |
2005(平成17年)
- シルバー事業部 介護用品のスマイル土浦営業所を開設
茨城県のサービスエリア拡大の一環として、土浦市内に土浦営業所を開設。
・愛・地球博が名古屋で開催 ・JR福知山線脱線事故 |
2006(平成18年)
- 本社社屋を現在地に移転
- 本田英行が会長に就任、本田久博が社長に就任
本社社屋を東京都荒川区町屋1丁目27-5に移転。
・トリノオリンピックの女子フィギュアスケートシングルで、荒川静香選手が金メダルを獲得 ・第1次安倍内閣発足 |
2011(平成23年)
- ハウスケア事業部を開設
清掃事業を独立したハウスケア事業部とし、マンション施設等の定期清掃や日常清掃の分野に進出。
- シルバー事業部 介護用品のスマイル柏営業所を開設
- 居宅介護支援のエール・ケア柏営業所を開設
首都圏でのサービス開始として柏市内に柏営業所、併設する形で居宅介護支援事業所エール・ケア柏を開設。
- リースキン事業部 東京支店を開設
東京都内のリースキン3営業所を統合し、リースキン事業部東京支店を開設。
- シルバー事業部 介護用品のスマイル日立営業所を開設
茨城県のサービスエリア拡大の一環として、日立市内に日立営業所を開設。
・東日本大震災 |
2013(平成25年)
- 事業の選択と集中によりクリーニング事業から撤退
・イチローが日米通算4000本安打達成 ・ボストンマラソン爆弾テロ事件発生 |
2014(平成26年)
- シルバー事業部 介護用品のスマイル荒川営業所を開設
- 居宅介護支援のエール・ケア荒川営業所を開設
首都圏のサービスエリア拡大の一環として、本社社屋に併設する形で荒川営業所、居宅介護支援事業所エール・ケア荒川を開設。
・消費税8%スタート ・セウォル号沈没事故 |
2015(平成27年)
- ライフサポート事業を開始
ご家庭でのお困り事解決サービス、ライフサポート事業を開始。
・ラグビーW杯で日本が南アフリカを撃破 ・イスラム過激派組織「ISIL」による日本人拘束事件 |
2020(令和2年)
- リースキン事業部 千葉稲毛営業所が千葉支店と統合、移転
千葉支店を千葉市花見川区三角町から千葉市稲毛区長沼町に移転、千葉稲毛営業所と統合する。
・新型コロナウイルスの感染拡大 |
2021(令和3年)
- シルバー事業部 介護用品のスマイルひたちなか営業所を開設
茨城県のサービスエリア拡大の一環として、ひたちなか市内にひたちなか営業所を開設。
・東京オリンピック・パラリンピック開催 ・岸田文雄氏 第100代内閣総理大臣に選出 |
2022(令和4年)
- 創立70周年を迎える
・安倍元首相、参院選・応援演説中に銃撃受け死亡 |
2023(令和5年)
- シルバー事業本部 介護用品のスマイル神栖営業所を開設
茨城県のサービスエリア拡大の一環として、神栖市内に神栖営業所を開設。
・侍ジャパンがWBCで14年ぶりに優勝 |